『奇跡』と聞くと、聖者や超能力者、または神が起こす超常現象を思い浮かべるかもしれません。

 

でも、それだけでしょうか・・・

 

日常的になりすぎて・・・

当たり前になりすぎて・・・

私たちは何かが見えなくなっているのではないでしょうか?

今日を生きているということは、本当はすごく奇跡的なことかもしれません・・・

本来、私たちはどれだけ恵まれているのでしょうね?

 

 

病気は苦しく、耐え難いです・・・

人は病気にかかると、健康であることの幸せを痛感します。

何も痛みや苦しみ無しに生活ができるというのは、本当はどれだけ幸せなことなんだろうね?

 

不治の病で死の床にいる人は、明日も生きたいと懇願します。

昨日死んだものが、それほど望んだ今日を私たちは生きています。

今日を生きること・・・

本当はどれだけ幸せなことなんだろうね?

 

愛する人が死に瀕しているとき、人は願います・・・

どうか生きていてください。

また元気になってください。

神様、どうか救ってください・・・

 

愛する人が今日生きてくれていること・・・

本当はどれだけ幸せなことなんだろうね?

 

 

私たちは、はじめから、幸せの中を生きています・・・

私たちは、それほど素晴らしい今日を生きています・・・

私たちは、日常が当たり前になってしまって、気づかないでいた気がします。

 

 

花を見て、美しいと感じられる・・・

物を食べておいしいと感じられる・・・

音楽を聴いていい気持ちになれる・・・

本や映画やドラマを見て、感動し、涙を流せる・・・

いったいどれほどの奇跡なんだろうね?

 

目が見える。耳が聞こえる。口がしゃべれる・・・

物をつかめる。地面を歩ける。手足が動く・・・

食事を食べられる。お風呂に入れる・・・

泣くことができる。笑うことができる・・・

悲しむことができる。喜ぶことができる。怒ることができる・・・

いったいどれほどの奇跡なんだろうね?

 

太陽がある。地面がある。空気がある。水がある。食べ物がある・・・

友人がいる。愛する人がいる。愛してくれる人がいる・・・

私の体が私を支えてくれている・・・

友人がやさしい声をかけてくれる・・・

私が今、生きている・・・

いったいどれほどの奇跡なんだろうね?

 

きっと、あり余るほどの幸せと奇跡にかこまれて、

私たちは今ここに存在するのでしょう・・・

ただそれに気づいていなかっただけ。

 

幸せとは、何かを求めて手に入れることではなく、

自分が幸せであると気づくことなのかもしれませんね。^^

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