【運命と自由意志-25&日記】:知人の死
先週、知人が亡くなりまして、何日か凹んでいました。
ここの鑑定掲示板に来る人も不幸な人が多いですが、さらに輪をかけて、不幸を絵にかいたような人でした。
最初に会ったのは、3年半ぐらい前・・・私がよく通っていた仙台のお寺に、赤ちゃんを抱き、泣きながら入ってきました。
「もう、お金が数百円しかないんです。お金を貸していただけませんか?」
聞けば、旦那は働かない、子供は4人・・・借金(滞納)も抱えていました。
極貧生活だったので、借金は私が肩代わりをし、旦那と形だけ離婚させ、生活保護を取らせました。(←これまで旦那が働ける状態なので、生活保護が取れなかった)
その後も、「お金貸してください」と何度もメールが来て、状況により貸したり貸さなかったりでした。(理不尽な要求で怒ったこともあります)
彼女はここ2年ぐらい、不幸の連続で・・・
まず、癌の発覚・・・
長男(高校卒業して社会人1年目でした)が自殺。
立て続けに、旦那が病死。
そして、すぐに本人に癌がの転移がみつかり、ステージⅣ。
子供たちは同級生に養子として引き取ってもらい、ここ1年ほど療養していました。
去年の11月末には「体調が良い、マーカー値が下がった」などと喜んでいたのですが、それから3カ月・・・先週の月曜日の夜に亡くなりました。
これまで2か月ぐらい音沙汰がなかったのですが、亡くなるその日・・・最後に私にメールをくれました。
メールには、もう春まで持たないこと・・・
迷惑をかけたと、私への謝罪などが書かれていました。
私がお見舞いに行くと言ったら、髪も抜け、手も握れない・・・そんな姿を見せられないと言いました。
また、明日が来るか、毎日が分からない状況だと・・・
それならと、毎日メールすること、毎日祈ることを彼女に約束しました。
そして、私がそのメールを出した3時間後・・・私が祈っている最中に彼女は亡くなりました。
もう子供たちとも別れ、
誰も身寄りがないまま、
髪が抜け、やせ細っていき、
いつ死がいつ来てもおかしくない状況で
孤独や絶望的状況の中、彼女はどういう思いで毎日を過ごしていたのでしょうか・・・
亡くなった朝に、主治医さんからの代筆メールで、「ISOPさんは私の神様でした。ありがとう」と彼女の伝言を送ってきました。
それを見てショックを受けました。
後悔や、そうではなかったと否定したい気持ち、申し訳ない気持ち・・・もっと優しくできなかったか・・・もっと助けになれたのでは・・・お金を貸さずにひどいことも言った・・・それなのに私のことをそんな風に言ってくれた・・・いろんな思いが交錯し、涙が溢れました。
亡くなってから、ずっと彼女のことを考えていました。
彼女はいつも家族のために奔走していました。
親戚や知り合いに何度も「お金を貸してください」と頭を下げ、 皆から疎ましがられていました。(←ほとんどの人は貸してくれなかった)
悪口を言われ、馬鹿にされ、疎ましがられ、そうやって生き恥をさらしても、子供たちのために、泣きながら頭を下げて奔走している彼女を思い出し、「同じ状況になったら、私にこれができるか?」と自分に問いました。
私なら、そこまで子供たちのために努力・我慢できたか・・・
生き恥をさらして生きるよりは、自殺を選ばなかったか・・・
養うこと・生きることを諦めてしまわなかったか・・・
人生を呪わなかったか・・・
人生が嫌になり、旦那や子供に八つ当たりをしなかったか・・・
皆と無理心中しなかったか・・・
彼女は、働かない旦那の悪口も、一言も言いませんでした。(※私は旦那に怒っていましたが、彼女は弁護していました)
そして、家族の幸福以外の欲求はなく、物質的な執着な無い様でした(※欲しがるのは家族のための物質だけ。)
私なんかより、ずっとレベルの高い方だったと、亡くなった後に気づきました・・・
彼女は私に偉大なことを教えていなくなりました。
主治医さんの話によると・・・
PM11:30に主治医の先生を呼んで「いつもと違うみたい。最期になるから見届けて」と言ったらしいです。
そうして、PM11:38に、「イエス様・・・」と一言呟いて逝ったそうです。
人一倍不幸だった彼女・・・神様と一つになり、至福そのものになっていることを祈ります。
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