【ヨガ】:チャンドラ・マンガラ・ヨガ Chandra Mangala Yoga
メルマガからの転載です。
『チャンドラ・マンガラ・ヨガ Chandra Mangala Yoga 』
有名ですね!ダーナ・ヨガの一種でもあります。
〔成立条件〕
月と火星がコンジャクションしている。
〔影響〕
その人は飲み物や、東洋の瓶・カメ、加工されていない道具、女性を取り扱う仕事をする。
その人は母親との不和がある。
良い家の女性に必ず気品があるように、ラクシュミ―女神はこのヨガのある人を決して見捨てない。(要するに、その人には冨と愛の女神のラクシュミ―の恩恵がある。)
チャンドラ・マンガラ・ヨガはその人に富を与え、お金を稼ぐ能力を与えると、とりわけ強調されます。
また、火星と月の同居は、いくらかの心の平安の欠如を示唆します。なぜなら、その人は、概念やアイデアを、従来の考えによって判断するからです。その結果、自分の概念・価値観と異なる場面に遭遇すると、その人は、怒りやすく、欲求不満を抱きやすいことになります。
このヨガは、富・裕福さを与えます。しかしながら、このヨガの持ち主は、人々の欲望やモラルに反した方法により稼ぐ場合も、しばしばあります。
また、母を示す月と火星が同居することにより、母親と衝突することを示唆している場合があります。
補足):『チャンドラマンガラ・ヨガが2室で形成する場合、身の破滅を示唆する』と、ラオ先生の本に書かれていました(例外則:メルマガ第26回参照)。
理由は良く分りませんが、2室・火星が非常に良くないのか・・・
もしくは、富・お金に関するハウスで、お金に関するヨガが形成されると、二重象意になるからなのかもしれません。(もしそうなら、11室も、もしかしたら少しヤヴァいかもしれませんね。)
また水関係のお仕事に就く可能性が大きくなるとのことですが、どれぐらいの比率になるのか、チャンドラマンガラの人を集めて統計取りたいですね。
〔例〕
以下のホロスコープは、元アメリカ大統領のフランクリン D ルーズヴェルトのものです。
アストロデータバンクのレーティングはAA(出生証明付)です。
http://www.astro.com/astro-databank/Roosevelt,_Franklin_D.
月と火星が10室で同居し、チャンドラ・マンガラ・ヨガを形成しています。
ルーズヴェルトは、水星-月期に大統領になりました。
月のアンタル・ダシャーに大統領に選出されましたが、これはこのヨガの説明では
『月と火星が同居している時、月期は幸運な時期となり、火星期は通常レベルになります。』 とのことです。 (※と言うか、彼の場合、月は11Lで火星は3-8Lだからであると思います)
国の情勢・政治というのは、かなりそのトップのホロスコープも影響致します。
ルーズヴェルトは、非常に不景気の時代に選出されました。彼の最大の関心ごとは、景気の回復でした。
まず初めに、ビール法を制定し、アルコール飲料の制限を緩和しました。
これは、チャンドラ・マンガラ・ヨガが、飲料を取り扱うということにも適合します。
ルーズベルトは、「ニューディール政策」と呼ばれる、政府による経済への介入を行ないました。
テネシー渓谷開発公社、民間植林治水隊などを設立し、大規模公共事業による失業者対策を行い、景気は回復過程に入りました。その後1941年12月の第二次世界大戦への参戦による史上最大の軍拡、軍需経済、戦時経済の著しい増大によってアメリカ経済は完全に回復し、失業者も激減しました。
彼の政策には、治水関係が多いですが、これもチャンドラ・マンガラ・ヨガのせいかもしれません。
また、戦争による景気回復も、このヨガの解説にある「モラルに反した方法により稼ぐ」ということかもしれません。(※日本は彼により、戦争に誘導された感があります。)
母親との仲ですが、Wikiには、「(母親の)サラはフランクリンの幼少時のみならず、生涯、支配的な影響を与えた。」とありますので、あまり良くなかったかもしれませんね。(※それ以外にも、4L→8Hで、減衰土星とコンジャクトというのもあるかもしれません。)
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イソップ様今日のヨガとても勉強になりました。人相に正直に顕されるものですね。自己の培ったものとはいえ全ては内にあるものですね。その顕れ方や生まれ合う時代全てが神秘で神のリーラですね。いつも有難う。猫ちゃんにも癒されてます。
モンちゃん婆ば様
ホロスコープは正直ですね!^^;
ある意味、運命のかなりの部分が決まっているというのは正しいのかもしれません。
すべては御心のままなのかもしれませんね。
私たち占い師は、ホロスコープやダシャーを見ながら、ああしなさい、こうしなさいとアドバイスします。
でも、おそらく運命やカルマというものは、アドバイスで変わるほど甘いものではないのかもしれません・・・
本当は何を選択しても、運命は変わらないのかもしれません。
何を選んだとしても、星回りやダシャーが悪ければ、良い方向にはいかないでしょう。
逆に、星回りやダシャーが良ければ、何を選んでも、うまくいくでしょう。
人は人生において選択に悩みますが、本当は、選択したものに、大きな意味はないのかもしれません。
何を選んだとしても、培ったカルマが必ず芽吹くなら、結局、受け取る果実は誰にも変えられないのだから・・・
だったら、「何を選ぶか」、ということよりも、「選んだものに対して、どういう態度で生きるか」の方が大事なことなのかもしれません。
結果に対して、人に自由はなくとも、その態度や生き方だけは、人に自由があるような・・・そんな気がします。
こんにちわ。メルマガ拝見しています。チャンドラマンガラヨーガがあって、内容にもビックリしてメッセージしました。とにかく喉が乾くのと、飲みものにこだわる、無意識にこだわる感じで、身体にダイレクトに必要なものをあらわしてるのかなあとおもいました。
飲みものがまずいと、全てがかわる、みたいな感じになります。
メルマガご購読、ありがとうございますm(_)m
へぇ~、飲み物へのこだわりですか・・・面白いですね!^^
やはり、チャンドラマンガラヨーガは、水・飲料との関連が深いのかな・・・
情報、ありがとうございますm(__)m
ちなみに、何室で形成ですか?
また、裕福さや母親との仲はどうですか?
10室です。D9は2室に月があります。インド占星術勉強してるんですけど、まだ全然素人です。ヨーガが面白くて、図形をかいて、みつけて、楽しんでいます。どうとらえるかにより、変わる気がするんですが、一秒ごとの思考の仕方や選択に特徴が出る気がします。
人生って、自分でわかっていても、なかなか解決できない悩みとかがあって、つらいですね。
人のアドバイスとかも、わかっていても、心の癖とか、パターンみたいなのがあって、言われたとおりに出来なかったりするから、ある意味、役に立たない気がします。
はがゆいですね^^
・本当は何を選択しても、運命は変わらないのかもしれません。
・「何を選ぶか」、ということよりも、「選んだものに対して、どういう態度で生きるか」の方が大事なことなのかもしれません。
・何を選んだとしても、培ったカルマが必ず芽吹くなら、結局、受け取る果実は誰にも変えられないのだから・・・
・だったら、「何を選ぶか」、ということよりも、「選んだものに対して、どういう態度で生きるか」の方が大事なことなのかもしれません。
・結果に対して、人に自由はなくとも、その態度や生き方だけは、人に自由があるような・・・そんな気がします。
人生には、いろんな選択の機会があって、重大なことであれば、ものすごく悩むのですが、そういう悩みって、実は、余計な悩みなのかもしれないな、と思わされました。
ありがとうございます。
>人生って、自分でわかっていても、なかなか解決できない悩みとかがあって、つらいですね。
>人のアドバイスとかも、わかっていても、心の癖とか、パターンみたいなのがあって、言われたとおりに出来なかったりするから、ある意味、役に立たない気がします。
>はがゆいですね^^
まったくですよね!^^
私も聖人の言われることを素直にできたら、どんなにいいだろうと思います。
執着や欲望を無くし、愛に満ち、人を助け、怒りや憎しみを持たず、いつも心穏やかにニコニコ笑っている・・・
そんなふうに生きていけれたら、どんなに良いだろうと思います。
でも、言われてもなかなかできないのが人間ですね。
自分の生まれ持った性格や、長年しみついた傾向・心は、なかなか変えられないですから・・・^^;
OSHOがこんなことを言っています。
——–
『無意識の底の底へ』
私はある聖者の講話を読んでいる。
彼は人々に怒りを放棄し、執着を放棄し、
激情を放棄するよう強く求めている-
まるで、それらが放棄され得るものであるかのように!
あたかも人が振り落とそうと思えば、
簡単に振り落とせるかのように!
ともかく、読み、聞くことは、こうした印象を作り出す。
こんな訓話を目にするとき、人は理解するに至る。
私たちの無知がどれほどひどいものであり、
マインド人間の心についていかにわずかしか知らないのかを。
ある日、私はひとりの子供に、
「なぜ君は自分の病気を落とさないのかい?」と言った。
少年は吹き出して言った、
「病気を落とすって、僕がどうにかできることなの?」
誰もが病気や悪弊を落としたいと願っている―
だがその悪弊の根っこまで、深く潜る必要がある。
それらが現れてくる無意識の、
まさに底の底まで赴く必要がある。
たんなる意識的な心の決意では、
人はそれらから自由にはなれない。
フロイトが、ある興味深い出来事について述べている。
ある田舎者が、都会のホテルに泊まっていた。
夜になり、彼は部屋の明かりを消そうとしたのだが、消せなかった。
明かりを吹き消そうと何度も繰り返したものの、
明かりは小揺るぎもせず輝いていた。
翌朝彼はそのことで苦情を言った。
その苦情の回答で、
彼はその明かりが昔ながらの吹き消せるランプではないことを知った。
電灯だったのだ。
悪い感情や気持ちを吹き消すよう人々にいうのは、間違った手順だと私は言おう。
それらは陶製のランプではなく、電灯なのだ。
それを消す操作方法は、無意識のなかに隠れている。
意識的心の決意はすべて無駄骨でしかない。
ちょうど電灯を吹き消そうと試みるようなものだ。
適切な媒体を通して無意識のなかに下降していくことによってのみ、その根は断たれ得る。
- OSHO
生まれ持った性格もあるでしょうし、0歳から6歳くらいまでの、物心つく前に、親とか環境とかから受けた影響というのは、無意識に沈んでしまって、なかなか変えられないですよね・・・。良きにつけ悪しきにつけ、その時期に、何でも吸収してしまって、その人のアイデンティティーになってしまっている気がしますね。